正しいか間違っているかを考えるほどに幸せから遠のく理由

この世界で正しいか間違っているかを考えること自体が、幸せから遠のく原因になっています。

こうやって考えてみると良いかもしれません。

もし「全てが正しいなら」と

判断をしようとするからおかしくなることがあります。

それなら全てが正しいと仮定してみると見えてくることがあります。

私は運に幸運も不運も無いと言っています。

「運」はあるだろうと思います。

しかし、幸運も不運も無いという理解になっているのは、運が「解釈」で変わるからです。

同じ事なのにAさんは幸運と言い、Bさんは不運と言うのです。

それはつまり、運は受け止め方で幸運にも不運にも変わるということです。

それならば、全てを幸運だとして受け止めれば、幸運になるということです。

乱暴ですか?

でも実際に「私は運が良いんですよね」っていう人は、起きている出来事を全部幸運で受け止めている節があります。

だから、正しい判断も間違った判断も「判断」という部分はあったとしても、後はどのように判断するかなのでは?という仮説を設定することが出来ます。

その結果、「全てが正しい」と判断すると、世界が変わることも分かってきます。

この場合の世界が変わるというのは、もし「全てが正しい」とした場合、後は望むか望まないかになるということです。

目の前の正しい結果を望むなら積極的に受け入れていけば良いし、望まないなら遠ざけていけば良いです。

ここでも目安として「人は本質的に幸せであろうとする」ことが活きてきます。

人は変な選択をしないで、自分の心の声を大事にしていると、勝手に幸せになるようになってます。

目の前の結果が全て正しいと判断した時、それを受け入れたいというのも、遠ざかりたいというのも、心の声です。

心の声は感情の声ではありません。

心の声は常にあなたが幸せになるように、幸せでいられるように導いてくれる存在です。

こんな感じに書けば怪しさしか感じませんが、自分の中にいて自分自身を支えてくれている存在です。

そこに意識を向けるようになると、今の自分の状態が望ましいかどうかが分かってきます。

望ましいのであればそのまま進んでいけば良いですし、そうでないなら修正をしていけば良いです。

必要なことは正しいか間違っているか判断をする事では無く、自分が幸せで居られるための選択はどれかを選ぶことです。

そこに意識が向くと、徐々にそっち(幸せ)にいけるようになります。

人は意識した方に行くように出来ていますので。

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